今日はどこかの殺人鬼が誕生日なんだって。
彼がそんなことを言ったのをなんとなく覚えている。クリスマスのかざり、どんなの作ろうねって話していたのに急にサイコな話題を選ぶんだもん、みんなもちょっと困ってたような気がするよ。
目覚めてぼうっと電子時計の文字を眺める時間は終わりにして、体を起こす。着替えを終えて歩いてすぐの冷蔵庫を開けた。朝ごはんの準備。
一人暮らしをするならワンルームで十分で、私はこのコンパクトさを結構気に入っていた。人間はひとりで生きてもいいのだ。かつてはこどもだから叶わなかった面もあるけど、それを除いても「家族という単位が必須ではない」ことに満足してしまう。
「たまごとー、昆布と、……あ、玉子焼きつくろ」
誰に対してでもなくつぶやく言葉が、思った通りひとりで落ちていってくれるのに安心する。今日の糧がどんな質でも私だけを支える当然も。べつにみんなで分け合うのが嫌いなわけじゃなかったんだけど、平等に分けられる不平等が少しだけ苦手だった。たぶん彼もそうで、いつもわざと、みんなの好きなものをちょっとずつ残していたように思う。
彼、と呼ぶほど私たちは大人ではなかったのに、そういう呼び方をしてしまうよそよそしさが施設にはあった。実際には名前にちゃん付けとかだったはずだけど、思い返せば「彼」「彼女」になってしまう。高校を出て社宅に入ってから誰とも会っていない。職もいくつか転々としたから、彼らも私の行き先を辿ることができないかもしれない。同じように、私も彼らの行き先自体わからなかった。
菜箸でくるくると玉子の膜を巻きとりながら、有機物の焼ける音を聞いている。彼の言っていた殺人鬼って誰のことだろう、と思いながら。
親に恵まれなかっただけあって私たちはみんなちょっとずつどこかおかしかった。個性というには社会の中で扱いづらいそれらの特性を、やはりみんな上手に無視することで許容した。あのときもそうで、それから毎年今日になると思い出すくせに調べてみたことはない。その不可思議な発言の出どころを知ろうとするのは踏み込みすぎているように感じて。
……ううん、本当は、それが彼の持つ暗いなにかの証拠だったら嫌だなと思うだけだ。あの頃はよく、この中の何人が、世の中にいる「普通に暮らせる人達」と同じように生きられるんだろうと不安になった。一回脱線したら戻るのは難しいんじゃないかと思うのだ。一回どころか、生まれた時から線路の外にいた子だっていた。私たちは「当たり前の人生」のやりかたがきっとよくわからない。
それでもきれいで美味しそうな玉子焼きは焼ける。ふつうみたいでなんだかおかしいね、って誰かが何かで笑ってたのもよく思い出すけど、そんな気持ち。
遮光カーテンを今日も開いていないことを思い出して、たまにはと思って開けてみた。冬にしては悪くない日差しが窓辺の冷たさと一緒に部屋へと一歩踏み入る。
今日、殺人鬼が生まれてたとしてもその子が大人になったらゆっくり眠る家があってほしいし、誰かに誕生日を覚えていて貰っててほしい。それで、あと十三日進んだらなんとなく報われるような思いがしていたら、歪でも世界は赦してくれるんだなって信じることができるような気がする。